「今の自分」を軸に生きてみよう
ちるちるはプライベートが苦手でした。
休みの日とか予定のない日ですね。よく予定のない日に「今日は、なにをしたらいいのだろうか?」と迷うことがあります。
ちるちるは、比較的、真面目に生きてきたせいもあるのか、常に「時間を無駄にしてはいけない」「努力をし続けなきゃ」という考えがあります。でも、なにをしていいのかわからなくことが多いんです。
「将来の為になることをやらなきゃ」とか「過去こうだったからこうだろう」みたいに、視点が未来や過去に行きがち。今思うと、未来や過去をベースに意思決定を行おうとしていたのだと思います。
でも、最近気づいたのですが、脳が生み出した未来や、過去というのは「妄想」でしかなく、意思決定には不向きなんですね。
意思決定においては、「明確な基準」が必要になります。
「服は赤色を選ぶ」とか「朝は19時に起きる」など。
でも、未来や過去は、常に観測する「今の自分」によって流動的に認識が変化するものなので、意思決定としては使いにくいことがわかりました。
では、なにを意思決定の基準にすればよいのかと考えたところ、行き着いたのが「今の自分」でした。
今の自分には「未来」や「過去」も含まれている?
今の自分には「環境(住んでる場所、仕事場)」「経験(過去)」「能力(仕事、対人、身体)」「身心の状態」「関係性(人脈など)」「資産(お金、車など)」「可能性(未来)」といった情報が含まれます。
端的に言うと、今の自分には、「今」だけではなく、「過去の自分」と「未来の自分」の両方も内包されていると考えています。
もう少し違う表現をすると、過去と未来が交差して浮き上がった部分が「今の自分」です。つまり今の自分は「過去の自分と未来の自分の集合体」と考えます。
よく自己啓発本や、仏教の教えの中に「今を大事にしろ」「今だけに集中せよ」という教えがあります。なんとなく大事とは思うのだが、完全には腑に落ちていませんでした。
今思うと、今だけに集中することが「過去や未来を捨てること」と思い込んでいたのだと思います。それが「今さえ楽しけりゃいいじゃん」みたいな、享楽主義的な考えのような気がして、納得できなかったのだと思います。
ですが、「今の自分は過去の自分と未来の自分の集合体」という考えに行き着いてから、むしろ「今を大事にすることで、未来や過去をよきものにすることが出来る」という考えに変わりました。
未来や過去からではなく、「今」から始める
今は未来と過去とリンクしている為、今の自分を意識しないと、絶対に未来の自分や過去の自分を認識することは出来ないと考えております。
未来→今×
過去→今×
今→未来○
今→過去○
これは脳の認識能力の限界もあるようなのですが「脳はないものは認識できない」という性質を持っているそうです。違う表現をすると「脳は知らないものを認識できない」という風にちるちるは捉えています。
未来→今×
過去→今×
これは、未来や過去から逆算して今の自分を見るということを表しています。これはちるちるは無理と考えます。
なぜなら、未来や過去 が「不確定情報」だからです。脳は不確定情報を認識できません。
ここから脳の認識の話を少し致します。まず、脳には質問をすると、その質問に対して返答するという性質があります。よく用いられる例えとして、カラーバス効果というのがあります。
例えば、今この記事を読まれているあなたに質問です。
「自分の周りにある赤い色をしたものを探してください」
この質問を見た後、周りを見回してくださった方、赤い色の物が急に見つかったりしませんか?目の前に赤い色のボールペンが転がっていたりしませんか?
視界には入っていたのに、赤い色を探すという事をしてからやっと、今目の前に赤い物があることに気づくという事がよくあります。
詳しく説明すると話が長くなるので割愛しますが、ようは脳は質問を受けると、その質問の答えを探す性質があるのです。
脳はアバウトな質問が嫌い?
この脳の性質を踏まえた上で、過去と未来の話に戻ります。例えばちるちるが、脳に「未来や過去について考えて」とお願いをします。
でも、脳は未来や過去について認識することは絶対、出来ません。なぜなら「情報がアバウト」すぎるからです
未来や過去と言うけど「誰の未来や過去なの?」であったり「どこの場所の未来や過去なの?」といった風に、あまりに抽象的な質問に対して、脳は返答することが出来ないのです。
でも、脳は一度受けた質問に対しては、答えが出るまで考え続けるという性質がある為、答えの出せない質問に対してずっと考えるという無駄なエネルギーの浪費を行ってしまうのです。
「今日は、なにをしたらいいのだろうか?」
冒頭のちるちるの自分に対する質問も答えの出ない質問の典型です。脳に対しての質問が悪かった為、予定のない日はいつも、ちるちるは気疲れしていたのだと考えられます。では、このように何か意思決定をしなくてはいけない場面において、どうすれば脳が返答出来る質問が出来るのでしょう?
私は全ての質問に「今の自分」というワードを足すと、答えが出やすくなると考えます。
例えば「今の自分がやりたいことはなんだろう?」「今の自分に出来ることはなんだろう?」「今の自分にとって必要なことはなんだろう?」という感じに「今の自分」という情報を与えることにより、脳は考えやすくなります。
なぜなら今の自分には前述した「可能性(未来)」「経験(過去)」 「今実際にいる場所」「今の心身状態」など具体的なあらゆる情報が内包しているからです。
単純いいますと、「今日は足が痛いから日課のジョギングはやめておこう」とか「お腹がすいたから、家にあるカップラーメンを食べよう」 という感じの意思決定が出来るようになります。ようは「自分の今の気持ちや健康状態、勘などで意思決定する」ということです。
「え、そんなの当たり前じゃないの?」と思われる方も多いとおもいますが、意外とこの「自分を軸に意思決定する」というのは、情報が氾濫している現代においては難しかったりします。
特に、小さい頃から真面目で、先生のいう事をよくきく事が出来るタイプの方にとっては難しいのではないのでしょうか。ちるちるもその一人です。
この話は、どうして今の自分を軸に未来や過去を見れないのかという話 なので、今の自分から始めないと、未来や過去を認識できないという話とは少し違いますので、ここまでとしますが、結構重要な話なのでまた違う機会に記事を書こうと思います。
話をもどしますと、脳はアバウトな情報は認識出来ないのです。極論するとそもそも脳は「今」しか認識できないのだと思います。一見、未来や過去を見れるように感じても、それは「今の延長としての未来や過去」を見ているのだと思われます。
その為、「今」という最も具体的な情報を軸に、意思決定や思考をするのが、最も合理的だと、ちるちるは考えます。
まとめ
潜在意識系の本を読んで、具体的な質問が大事というのは知っていたのですが、「今の自分」というのが、最も汎用的で具体的な情報だという事がわかったという感じです(;´∀`)
ちるちるにおいて仕事は、人間関係やノルマ、就業時間など具体的な情報が多いので意思決定が容易だったのですが、冒頭に書いたように、プライベートにおいての意志決定が苦手でした。
それは結局のところ、プライベートという自由な時間において、唯一具体的な情報である「今の自分」を見ていなかったからだと思います。
不明確な未来や過去をだけを見て今の自分を犠牲にしてきたのが、今までのちるちる、なのだと思います。
今の自分には「可能性(未来)」「経験(過去)」 「今実際にいる場所」「今の心身状態」といった情報が詰まっています。
「今の自分はどういったことに感動するのか?」
「今の自分は何が好きで嫌いなのか?」
「今の自分に出来る小さな一歩はなにか?」
少し訓練が必要だと思いますが、今の自分を軸に生きてみようと思います( `ー´)ノ
タイトルが秀筆!「心配事の9割は起こらない」
以前から気になっていた本「心配事の9割は起こらない」を読みました。
曹洞宗、禅のお坊さんである「桝野俊明」氏による、禅の考え方を用いて、悩んだ時や辛い時に、心の平安を取り戻す術がまとめられています。
ちるちるは、かなり臆病なカニでよく心配事を抱えております。未来への不安から先回りして、いろいろな準備をする事が多いです。
ただ、心配事というのは「不明確」な点が多く、どこまで準備していいものかわからないものです。その為、どこまでも準備が必要な感覚に襲われ、返って不安が大きくなったりしておりました(*´Д`)
そのような「準備疲れ」を感じていた時に、この本のタイトルを見て、ハッとさせられました。この本は、内容もとても良いのですが、特にこのタイトルが素晴らしいと思いました。
「心配事の9割は起こらない」
このシンプルなタイトルに、この本の全てが集約されていると感じます。この一言で救われた方も多いのではないでしょうか。
情報に振り回せれ、心が疲弊しがちな現代において、一読する価値のある本です。
タイトルに惹かれる所がある方にオススメの本です!
iPhoneで『ストIV』しよう! 【ストリートファイターIV VOLT】
最近ストリートファイター熱があがってます。
子供の頃、スーファミでスト2やストゼロをよくやってましたが、大人になってゲームをほとんどすることがなくなり、ストリートファイターから遠ざかってました。
ですが、最近ちきりんさんのブログで、プロゲーマーの梅原大吾さんを知り、元々、成功哲学や、自己啓発が好きなのもあり、ゲームという一見お遊びと思われる世界の中にも、ビジネスや人生と同じ哲学があるということにすごく感銘を受けました。
というのもあり、梅原大吾さんの主戦場であり、昔自分もハマっていたストリートファイターにまた興味を持ったという流れです。
ゲーム機持ってないよお……え? iPhoneでスト4出来るの?
梅原さんの影響もあり、またストリートファイターがやりたいと思ったのですが、問題がありました。
ゲーム機をひとつも持っていない!
働き出すにあたって、ほとんどやらなった、ゲーム機は全部捨ててしまっていました。
うーむ、ストリートファイターの為に、ゲーム機を買うか……でも、そんなにガッツリやりたいわけじゃないんだよなぁ。
普通に遊ぶとしたら、PS4やPS3とかで、「スト5」「スト4」という感じかと思うのですが、そこまでガッツリ遊ぶとは思えないからちょっと高いなあと思いました。
有力候補として挙がるのは、昔3DSで出ていた「スト4」かなぁと思っていました。
昔友達が遊んでるのをみて、携帯機で「スト4」出来るんだスゲエと思った記憶があるからです。
ただ、PS程ではないにしろ、3DSとソフトを揃えるのに、1万円程はかかってしまいます。うーむ、ストリートファイターの為だけに、3DSを買うのもなぁ。もうちょっと安くならないかなぁ。
そんな事を考えている時に出会ったのがiPhone版「ストリートファイターIV VOLT」でした。
iPhoneでスト4!でも、めちゃ古いアプリだけど今でも遊べるの?
Appstoreにて840円(2017年時点)でストリートファイター4が売ってました!
おお、アプリとしてはちょっと高いけど、 1000円くらいでストリートファイター遊べるなら、いいじゃんと思いました。
ただ、よく見ると、このアプリ2012年リリースのアプリのようで、すでにカプコンからアップデートが打ち切られているそうです。2012年ってiPhone4SやiPhone5の時代!古い(*´Д`)
その為、最近のスマホでの動作保証がされていないとあります。
ええ、ちるちるのスマホiPhone6plus(iOS10)で出来るのかなぁ。もし、使えなかったら、1000円無駄になっちゃうじゃん、とモジモジしてました。
でもアプリのレビューを丁寧に確認したところ「最近のiPhoneでもCPU戦などの通常プレイは可能。でもWi-Fiを使ってのネットワーク対戦などは不具合が出る可能性あり」のようです。
おお、CPU戦は問題ないならいけるじゃん!ちょっと暇つぶし程度でいいし!
ということでiPhone版スト4を購入しました。
PSなどと比べると操作性△だが、スマホ格闘ゲームとしてはよく出来てる
無事、iPhone6plusにダウンロード出来、問題なく、動作しました。
事前にレビューで見て知っていたのですが、iPhone6plusだと、写真のように画面の左右隅が黒くなります。
これは元々、iPhone4やiPhone5の画角に合わせていたようで、iPhone6以降の液晶サイズに対応していない為のようです。
この画角についてはアプリレビューで、サイズを合わせろ!とたくさんの批判が出ており、最初レビューを見た際、購入を不安視した一因なのですが、実際iPhone6plusで遊んでみて、そこまで気にする問題ではありませんでした。
この 「ストリートファイターIV VOLT」は 同じく、iPhoneアプリとして販売されたアiPhone版「ストリートファイターIV」の後継作品となります。
「ストリートファイターIV VOLT」は初代「ストリートファイターIV」より、キャラやモードが増えていて、値段も一緒なので、今買うなら、「ストリートファイターIV VOLT」一択で問題ないと思います。
操作は、基本PSなど今までやってきたストリートファイターと同じです。
一番違うのは、スマホゲームの為、操作ボタンが写真のように画面上の「ヴィジュアルパッド」での操作になります。
やはり、PSなどの物理ボタンなどと比べると、操作しづらさはありますが、そこまで反応が悪いわけではなく、スマホ格闘ゲームとしてはかなり良い操作ボタンと思います。
また「ヴィジュアルパッド」の利点として、ボタン配置を割と好きな位置にいじれます。自分のスマホや手の大きさにあわせて好みの位置を探すとよいと思います。
ちるちるは最初、画面にボタンが被るのが嫌で、かなり画面下にボタンを配置したのですが、そうすると、スマホを持つときの重心が不安定になるのか、めちゃくちゃ手首が痛くなりました(*´Д`)
後、ボタンの透明度を変えることも出来、これも画面に被るのが嫌で、かなり透明にしてやったのですが、そうするとボタンの配置がわかりづらく、パンチを出したいのにキックボタン押したりなど、押し間違えが多くなりました。
というのもあり、現在は上の写真のように、ボタンは上目に配置し、ボタンの透明度もあまり上げないようにしております。
攻撃ボタンは、 アーケード版「スト4」みたく弱パンチ、中パンチ、強パンチという風に分かれているわけではなく、厳選された通常技がパンチ、キックボタンに振り分けられています。SPボタンは、EX必殺技を出すときに使います。
後、設定で「かんたん必殺技をON」にすることにより、SPボタン(+スティック操作)ひとつで必殺技を出せるようになります。
スマホという制約の中、ストリートファイターらしさを体感出来るよう製作者側の工夫が感じられます。
まとめ
現状だと、ネットでの対人戦が出来る、ネットワーク対戦モードなどがうまく出来ないなどがありますが、個人で遊ぶ分には十分楽しめます。
普通のCPU戦だけでなく、技の練習を行う、トレーニングモードや、自分がやられるまでひたすらCPU戦を行うエンドレスモードもあります。
Wi-Fiがなくても、遊ぶことが出来るので、ちょっとした暇つぶしにストリートファイターで遊ぶことが出来ます。
興味のある方は、Appstoreで「ストリートファイター」で検索してみてください(^^)
古書ミステリー本「ビブリア古書堂の事件手帖」を読みました。
☆鎌倉の地で織りなす本を愛する美女と無職の青年による古書ミステリー☆
ミリオンセラーとなって、ドラマやマンガにもなり、シリーズが続いている「ビブリア古書堂の事件手帖」を読みました。
この本を取った経緯は、以前からなんとなく本屋さん系のミステリーが流行っていたなぁという認識がありまして、たまたま古本屋さんで、この本が並んでいたのを見て、試しに買ってみました。
お話の舞台は、鎌倉の地でひっそりと営業する古本屋「ビブリア古書堂」。ひょんなことから、その古本屋で働くことになった「五浦大輔」が、ビブリア古書堂の店主である美女「篠川栞子」と共に、本に関する謎の解決を行っていくミステリー本です。
構成がよくまとめられたミステリー本
古本屋さんが舞台でどうやってミステリーの話を進めるのだろうかと思ってよんでみましたが、めちゃよく出来たミステリー本でした。
構成がとても上手にまとめられており、最後全ての伏線が回収された時、なるほど!と唸ってしまいました。
流石、古書を愛する「三上延」氏の作品。ミステリーと言っても、めちゃくちゃ重い内容ではなく、少し明治の短編小説的な匂いも感じられます。
章ごとに、夏目漱石や太宰治など名文豪の本をテーマにしたお話しが語られ、名作のバックボーンもかじる事が出来ます。
ライトなミステリーがお好きな方、古書が好きな方にオススメの本です!
「生きたい」という意志こそ生き物としての証【仮面ライダーアマゾンズ シーズン2 11話感想】
【注意】ネタバレありです。
仮面ライダーアマゾンズシーズン2が盛り上がってきてますね!
シーズン2は、シーズン1よりもグロテスクな表現が増え、スプラッター系の映画が苦手な、ちるちるは視聴を挫折しそうになったのですが、痛そうなシーンをなんとか薄目で胡麻化しながら、頑張って視聴を続けました(笑)
最初、主人公の千翼とイユのボーイズミーラブ的な流れと、前述したスプラッターシーンが続いたのですが、7話にて、待望のアマゾンアルファ鷹山仁が登場し、シーズン1メンバーが揃い、一気にお話が面白くなってきました。鷹山仁、怖いけどカッコいい!
ということで、11話まで観賞する事が出来ました。
ここまで見てきて、シーズン1でやや曖昧に終わった感のある「生きるとはどういうことなのか」的なテーマについて、新たな考えを感じたのでまとめてみたいと思います。
答えの出なかったシーズン1
11話の時点で、主人公である千翼は、人に感染するアマゾン細胞の現況である「オリジナルアマゾン」として、アマゾン駆除対の4Cや、父である鷹山仁、さらに大好きなイユちゃんにも駆除対象として追われる身となってしまいます。
そんな状況の中でも、千翼は「生き物」である為、お腹は空いてしまいます。廃棄されてる、ハンバーガーを食べようとするも体が受け付けない。生きる為には人間を食うしかないのか、という状況に葛藤します。
千翼は、自分という存在が悲劇を招いている。自分が殺されれば、問題は解決するとわかっています。それでも「生きたい」「恋をしたい」と、もがく姿が今回の11話で特に描かれます。
この頭では悪いとわかっていても、生きたいんだ!という千翼の姿に、シーズン1では答えの出なかった「生きる」という事に対する、ひとつの答えを制作者は示しているのではないかと感じました。
シーズン1においては、「全てのアマゾンを殺し、人間を守る」 というアマゾンアルファ鷹山仁と「自分が守りたいものを守る」というアマゾンオメガ水澤悠による、価値観や立場の違うキャラクター達の対立を軸に「生き物を殺すことの是非」や「そもそも生きるとは」という事について語られました。
最終回でどのような帰結をするのだろうと観賞していたのですが、シーズン1においては、明確な答え(正義)は言及されませんでした。
厳密には、平成初期の仮面ライダーに多く見られる「正義は人の数だけあり、たった一つの正しい正義などない」というテーマを引き継いだ形となりました。
このテーマはフィクションの世界だけでなく、現実の身近な人間関係や、国家や人種間の中にあるひとつの真実である為、仮面ライター龍騎あたりから、頻繁に扱われてきました。
そして、平成初期のDNAを引き継いだ仮面ライダーアマゾンズにおいて、再度扱われました。ただ、ちるちるは、シーズン1のラストを見て「昔と言ってる事が一緒で進歩がないのではないか」と感じてしまいました。
結局、鷹山仁と、水澤悠の戦いは、決着がつかず、もやもやっとしたまま、シーズン1は終わってしまいました。
でも、今回のシーズン2の主人公の千翼の姿を見て、アマゾンズで伝えたかったことは、こういうだったのかなと感じるようになりました。
「生きたい」少年少女達の叫び
「それでも俺は腹がへるし、食べたいし、生きたいって思ってる」
このセリフは、11話にて、追われる身となった千翼が昔の仲間である、ヒロキに対して言うセリフです。
オリジナルのアマゾンとして、あやゆる問題の元凶となっている事を千翼自身も自覚している。それでも生きたいんだ、と涙を流す。
この、一見わがままで、かつ純粋な思いを訴える千翼の姿を通して、制作者は、人間やアマゾン関係ない「生き物の在り方」を伝えたかったのではないかと感じました。
シーズン1において、鷹山仁や水澤悠などを初め、いろいろな正義が語られます。でも、今改めて見返すと、その正義はすべて「大人の都合」であったり「頭で考えた論理」という感じがしました。
結局は自分を正当化する為に、頭で考えだした「大人の都合の争い」だったように感じます。自分を正当化するのが目的だから絶対に答えはでなかった。
恐らく制作者の方々もそれを自覚されており、その構造を打破する為に、今回のシーズン2では千翼とイユという未成熟だけど純粋な想いを持つ「少年」と「少女」達を主人公にしたのではないかと思います。
「お腹空いたから食べたい」「恋がしたい」「生きたい」「痛いのはイヤ」
少年少女たちは、大人のように損得を考えて、自分をコントロールするのではなく、純粋に欲求します。
この純粋に「生きたい」という意志の中に、生き物としての姿を表現したいのではないかと今回の11話を見て、感じました。
千翼のそんな姿に、鼓音するかのように、今まで感情がなかったイユは千翼の手を取り、逃避行します。二人に待ち受ける運命はいかに……。出来れば二人の純粋な笑顔がみたいです。
ちるちるブログはじめました(^^)
はじめまして、カニのちるちるです!
ちるちるは大阪に住んでいるカニです。
自分の思い付きや遊びにいった場所を記録に残したいと思い、ブログを始めました。
バイクに乗っており、休日は、奈良や京都の寺社仏閣を見て回ったりしております。本も良くよみます。本は主に実用書や、小説を読みます。
普段は、演劇で青少年育成のお仕事をしたり、パソコンやスマホの講師をしております。またインターネットで物販なども行っております。
このブログでは、上に書いた、私の趣味や仕事に関しての話を載せて行こうと思っております。
基本的に雑記ブログの為、いろいろ話は飛ぶと思います(笑)
よろしくお願いします(^^)